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みんせいは、平和・環境・人権・社会科学など、様々な社会問題を事実に即して科学的に学び、社会をよくしていくために、できる範囲で行動しているサークルです。

2014年新歓企画「天文学の発展と地球人類」講演録

2014年 新歓シリーズ企画「大学でどう学ぶか」C

天文学の発展と地球人類

 私たちは宇宙で唯一の生命か、地球文明は宇宙で唯一の文明 なのか。宇宙の謎はどこまでわかったか。
日本と世界の天文学を牽引し続けてきた海部氏に、天文学の到達点や、科学的なものの見方とは何か、未知に挑む学問の面白さ、などを聞きます。
講師:国際天文学連合(IAU)会長  海部宣男
1943 年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒。東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程中退。元国立天文台台長。研究分野は電波天文学、赤外線天文学。野辺山電波望遠鏡やハワイのすばる望遠鏡を建設。「科学」についての著書多数。『世界を知る101冊―科学から何が見えるか―』(岩波書店、2011年)は毎日書評賞受賞。他、1987年に仁科記念賞、1998 年に日本学士院賞を受賞。

司会 本日は天文学を世界的にリードしてこられた国際天文学連合会長の海部宣男さんです。よろしくお願いします。

はじめに

海部 今日は天文学の話をということなんですね。私が駒場に入ったのは1962年ですから、52年前です。ここには新入生の方もおられると思いますが、50年というのは時間としては非常に長いです。今のような時代が来るとはなかなか予測が難しかったわけです。しかしながら、久しぶりに駒場に来てみたら、昔ながらの建物は相変わらず建っている。しかし駒場は今ちょっと建物が過密ですね。何かコンクリートバラックみたいな建物がいっぱい建って。昔はもうちょっとゆったりしていましたけれど、やむを得ないわけでしょうね。

 私はここで2年間教養学部にいて、それから2年間基礎科学科というところに行きました。ちょうど僕が3年に進学する時に基礎科学科ができるということで、新しいから面白そうだというので、そこで物理学を勉強して、66年に学部を出てから初めて私は天文学に入ったんです。

 今日は、天文学の話といっても、どういう話をすれば良いかと考えた。特に、新入生の方々が大勢であるわけです。どういう話をしようかと思ったんです。私のした仕事も若干は触れますけれども、一つには、天文学というものが、今どこまで来ているかということを急いでお話をします。その中で、私が非常に面白いと思っているのは、実は宇宙における生命ということ。私が50年前に天文学を勉強し始めた頃には、全く予想もできなかったわけですが、現在は宇宙に地球以外の― ―生命を探すということが、天文学の一大テーマになろうとしている。これは驚くべきことです。想像もできなかったと言ってもよい。関心はもちろんありました。そういうわけで、私自身は現在そういうことに中心をおいているわけです。

主な内容
1. 膨張する宇宙と天文学
2. 地球外惑星、地球外生命、地球外文明
3. 地球の人類・文明・科学

 そこで今日は、こういう話をします(下の「主な内容」参照)。まず、非常に大雑把なイントロダクションです。膨張する宇宙。そして、地球外惑星・地球外生命・地球外文明という話もちょっとする。ここでどうして地球の文明が出てくるかというと、天文学――科学と言ってもいいです――が進んだ結果、先程言いましたように私がここに50年前に入ってきた時とは全く違う世界が開けつつある。それは、宇宙に人間のような知的生物がいるかもしれない、あるいはそういうものに実際に観測の手が届くかもしれないということなんです。昔、私が学生の頃はそれはサイエンス・フィクション(SF)に過ぎなかった。あるいはマンガに過ぎなかった。だけど今はそれが科学の大きなテーマになっているというのが、私は現代の大きな特徴の一つだと思っている。いずれ仮に地球外に生物や文明が見つかるということになると、我々の生命観・文明観は変わってくるはずである。みなさんはちょうどそういう時代にいるんです。私が生きている間にそこまで行くかどうかわからない。私は生きてみたいが、生きていられなければしょうがない。しかし、若いみなさんはそういう時代を見るはずです。そこでそういう話をしようと思います。

1. 膨張する宇宙と天文学

●宇宙膨張の発見

【図1】ウィルソン山天文台2.5m望遠鏡
宇宙膨張の発見1929年銀河は距離に比例する速度で遠ざかる(ハッブル、1929)↓ 宇宙は全体として、一様に膨張している

 何と言っても宇宙の話をする時、宇宙膨張の話を避けて通るわけにはいかない。【図1】で切手になっているハッブルさん。エドウィン・ハッブルという人が、ウィルソン山の当時世界最大の口径2.5メートルの望遠鏡を使いまして、銀河を観測した。我々は天の川銀河という大きな円盤の中に住んでいますが、それを外から見ると、渦巻き円盤型の非常に巨大な天体で、星が約1000億個。そういうことは当時まだわかっていなかったんですが、彼が遠くにある楕円型・円盤型の天体を観測していって、結局これは非常に遠いものであるということを見つけたんです。遠いものであるということは、大きいということでしょ。見かけ上小さくても遠いから小さいのであって、実際は大きくて、我々の天の川と同じぐらい大きい、同等の天体である。更に、その速度と距離を測っていくと、距離に比例する速度で遠ざかるということを見つけるわけです。「宇宙は全体として、一様に膨張している」と【図1】に書いてあります。

 そこで、宇宙は膨張しているということになったわけです。これは、みなさんは想像できないかもしれないが、何と言ったって当時はまさに驚天動地でした。つまり、宇宙なんてものは永久不変のものとみんな信じていたわけです。だから我々はその中に住んで安心していられると思っていた。ところが、膨張している。膨張しているとはどういうことか。じゃあ、宇宙に始まりと終わりがあるのかと、こういう話になる。それはだから、その当時の人類の世界観にものすごく大きな影響を及ぼしたことなわけです。みなさんはそれは当たり前だと思っているが、その当時はなかなか受け入れられる話ではなかった。天文学だけではなくて、科学はそういう、世界というものを常に新しいものにひっくり返しひっくり返しきているわけです。それが科学の一つの役割とも言えます。

●ビッグ・バン宇宙論

【図2】ジョージ・ガモフ
高温だった昔の宇宙からの電波が観測されると予言 ⇒ ビッグ・バン宇宙論(1946年) 膨張する宇宙をさかのぼるとどんな宇宙だったのか?現在星も銀河もないガスだけの宇宙高温で不透明なプラズマの宇宙(3千度くらい)?

 そこで【図2】のガモフさんという、ロシア生まれのアメリカ人天文学者は考えた。今宇宙は膨張しているとすると、それを過去へ過去へさかのぼっていったらどうなるのかということを考えた。それを、物理学で考えたのです。物理学は、非常にそういう時に重要です。つまり基本的な、温度であるとか、密度であるとか、重力であるとか、そういうことは全て、物理学の基本法則として考えることができる。

 そこで、膨張する宇宙をさかのぼるとどうなるか。宇宙をさかのぼっていくと、どんどん密度は高くなっていくはずである。温度もどんどん高くなるはずである。これは、断熱膨張の原理ですね。そうすとどうなるかというと、多分星も銀河もなかったに違いない。ガスだけの空間だった。更にさかのぼったらどうなるかというと、それは、プラズマの宇宙になる。高温で不透明。つまり太陽のようなものです。太陽は温度6000度でピカピカ光っているでしょ。それから、電球。あれもプラズマなんです。光っている。数千度のガスは光るんです。それをプラズマといいますが、3000度ぐらいのところまでいくと、宇宙はプラズマになり、不透明になるはずである。こう考える。

 物理学のすごさはここにあるんです。そういうことを考えられる。ある程度、数式も使える。そしてその先には何があるか。ガモフはそれも考えたんですが、その話はあとにします。ともかく、現在の宇宙は膨張していて、過去はどんどん密度が高い温度も高いプラズマの宇宙にになる。プラズマは不透明である。そこから現在の我々のほうに膨張してきたんだと考えると、我々の宇宙は高温だった時代から膨張してきたんだから、その高温だった昔の電波が観測されるはずであるということをガモフは言うわけです。これは非常に大きな予言だった。ずうっと昔の不透明なプラズマの世界の頃に出た電波や光が観測されるはずであると、彼は考えました。これを「ビッグ・バン宇宙論」というんです。バンというのは爆発ですね。ガモフの反対者のイギリスのホイルという人がいて、彼は立派な物理学者ですけれど、そんなアホな話があるか、お前のはビッグ・バン宇宙だなと言って馬鹿にしたんです。馬鹿にしたら、それが名前になっちゃった。これが今は定着して、「ビッグ・バン宇宙論」と申します。

●遠くの宇宙を見る=昔の宇宙を見ること

【図3】遠くの宇宙を見ることは、昔の宇宙を見ること
「火の玉宇宙」の爆発 原子核ができる( 〜 100 秒後)不透明な高温プラズマ▲高温プラズマのカベ現在(138 億年後)宇宙の晴れ上がり(膨張開始から38 万年)銀河ができる望遠鏡で見通せる宇宙の範囲

 実際にそういうことがなぜできるかと言うと、遠くの宇宙を見ることは、昔の宇宙を見ることである。これは知っているでしょ。宇宙では、遠くへ行けば行くほど昔が見えている。宇宙をそんなに遠くへ行かなくたって、我々の太陽は8分前の太陽だって知っていますね? なぜか。太陽からここに光が届くのに8分かかるからです。僕らが見ている太陽は、常に8分前の太陽です。遠くの星は、何年も前の星を見ているわけです。例えば一番地球から近い恒星は4光年先。光が来るのに4年かかる。だから、一番近い星でも4年前の姿です。中で非常に明るいベテルギウスという星は、500年も昔の姿を見ている。それをもっと先までどんどん行くと、何億年も昔まで見られるはずなんだと。そしてついにたどり着いたところが、不透明な宇宙です。どこを見ても同じように宇宙は広がっているので、どっちを見ようが昔の宇宙を見ていることには変わりない。だから、どんどん行くと昔の宇宙が見えていって、とうとうその先が見えないところに突き当たる。なぜ見えないかというと、不透明だから。なぜ不透明かというと、その時はそこの宇宙が熱かった。3000度のプラズマの宇宙だった。天体も銀河も星も何もない、そういう世界であったということです。

 ガモフは、更にその先まで行くとどうなるかということを、理論的に考えた。もっと昔には原子核が生まれたに違いない。もっと熱かったわけだから。つまり核融合反応が起きていたと考えた。そうやってガモフは、この宇宙の膨張の非常に初期に、色んな元素ができたんだということを言ったわけです。それは実は、半分正しく半分間違っていたんです。元素は初期の膨張宇宙ではできなかった。この話をしだすとまたきりがないんですが、実は、様々な元素、酸素とか窒素とか鉄とか、そういうものは後になって、星が生み出したものであるということがわかります。

●空のどの方向からもくる電波を発見

【図4】空のどの方向からもやってくる電波を発見
			ペンジアスとウィルソン、1965年ガモフが予言した「宇宙背景放射」↓ビッグ・バン宇宙の確証

 このことを念頭においてもらって、とうとうガモフが予言した電波が見つかったという話をします。これが1965年です。ちょうど私が天文学の世界に入った頃で、大興奮の時代です。【図4】の左が発見者の電波天文学者のペンジアスさん、右が電波工学者のウィルソンさんで、一緒にノーベル賞をもらいました。彼らは空のどの方向からもやってくる電波を見つけた。これが実はガモフが予言した「宇宙背景放射」です。

 その電波はどこから来るかというと、はるか100 何十億光年彼方に見えるプラズマの宇宙からです。3000度だからプラズマで、ピカピカ光っているんです。じゃあ、なぜ電波なのかというと、出た時は光です。可視光でピカピカ光っているけれども、そこからここまで来る間に、宇宙膨張のおかげで波長が1000倍伸びちゃった。光の波長が1000倍伸びると電波になります。だから我々は電波で見ることになる。ガモフはそのことまでちゃんと予言していました。物理学の力が非常に示された。

●宇宙膨張開始は138±0・6億年前

【図5】宇宙背景放射の詳細全天マップ(2013 年3月発表)
Planck 衛星( ESA ):2009 年打ち上げ宇宙背景放射の詳細全天マップ(2013 年3月発表)
宇宙膨張開始は 138±0.6億年前

 今、この宇宙背景放射を使って何がやられているか。最先端に飛びます。【図5】は2009年に打ち上げられたヨーロッパのPlanck(プランク)衛星です。ESA(イーサ)というのは、European Space Agency です。この図は、ペンジアスとウィルソンが見つけた宇宙のどこからでも来ている電波の全天マップなんです。これはモルワイデ図法といいますが、球を展開して世界地図を楕円に示しますね。これは世界地図の場合とは逆で、宇宙を見ているわけです。宇宙展開図です。

 非常に細かいパターンがたくさんありますが、これは全体の強さからいうと、10万分の1とか100万分の1とかいうほんのわずかな揺らぎです。しかしながら、様々なサイズの揺らぎがあるということがわかった。これからわかることは、たくさんあるんです。これはつまり、今から138億年前の宇宙を見ているんですが、これを解析しますと、―今日はとにかく駆け足でやるわけだから、みなさん関心あったら勉強してください―宇宙膨張開始は、今から138±0・6億年前であるということがわかった。この衛星が上がる前は137億年前といっていました。もっと前は150億年前といっていた。僕が学生の頃は、宇宙膨張開始は200億年前といっていたんです。それが、150億年前になり、137億年前になり、138億年前になった。いつ宇宙の膨張が始まったかということは、こういう観測からかなりはっきりしてきたわけです。

 なぜ昔は200億年前とされていたかといったら、観測の精度が悪かったからで、そのもっと前は20億年前といっていたんですね。10倍も違っている。それは、宇宙の距離を測ることがいかに難しいかということです。この図からわかることは実はそればかりじゃなくて、色々あるんです。

●ダーク・マターとダーク・エネルギー

【図6】地上とスペースからの宇宙背景放射の詳しい観測結果から、  ダーク・マターとダーク・エネルギーの存在量がほぼ確定した
			重力だけあって光でも電波でも見えない物質未知の素粒子( 超対象性粒子? )超対称性にもとづく真空のエネルギー?宇宙膨張を加速する未知のエネルギー

 【図6】は、現在の我々の宇宙理解の最先端の一つです。地上の望遠鏡で観測し、宇宙からこういう背景放射という電波を観測し、色んなことを総合すると、我々の宇宙はこういうものだということを今我々はわかっているわけです。

 我々が知っている星とか銀河とか地球とかの普通の物質、そういうものは我々の宇宙全体のエネルギーと物質の5%に過ぎないんです。エネルギーと物質が等しいというのは知っていますね? 我々の知っているこういう物質の世界は、何もかも全部合わせても全体の5%に過ぎない。27%がダーク・マターというものでできている。重力はあるけれど光でも電波でも見えないもの。だからダークなんです。ダーク・マターの正体はまだわかっていない。それから、もっとたくさんの68%はダーク・エネルギーという、物質の形にはなっていないエネルギーです。これは何かというと、宇宙膨張は現在加速しているということがわかっている。宇宙は膨張しているが、段々膨張が減速していると僕らは思っていたんです。どうしてかというと、物質が重力で引き止めるから。ところが、実際には加速していたわけです。それがわかったのが1998年で、それを見つけた2つのグループがノーベル賞をもらいました。

 なぜ加速しているのかという理由はわかっていないけれど、何らかの未知のエネルギーが空間に満ちていなければ加速はできないので、それを我々はダーク・エネルギーと呼ぶ。ダーク・エネルギーの量は物質に換算すると全体の68%あります。 だから、僕らが見ていた今までの宇宙は何だったの、天文学者は何を見ていたんだと言われると、面目ないかもしれない。しかし、実際にはそういう観測から、こういう驚くべき世界が見えてきたんです。星や銀河を観測しなければダーク・マターの存在はわからなかった。星や銀河を観測しなければ、ダーク・エネルギーの存在もわからなかった。だから、実は我々は星や銀河という物質を見て、宇宙全体をこう理解したのです。

 正体はわからないといいましたが、重力だけあって光でも電波でも見えないダーク・マターは何かといえば、現在我々は未知の素粒子であるというふうに理解しています。それも多分、超対称性粒子という、誰も見たことがない、理論の中でしか想定されていないもの。超対称性粒子というとみなさん何を思い浮かべるかな。多分反粒子を思い浮かべるでしょ。でも、違うんです。例えば、陽子がある、電子がある。それには反粒子がありまして、反陽子、反電子。全部の粒子に反粒子があるというのは、みなさん知っていると思うんです。ただし、反粒子というのはほとんど僕らの普通の世界に存在しない、みんな消えて光になっちゃっているんです。世界はほぼ物質だけでできているんですが、反粒子を作ることはできます。今や加速器の中でいくらでも反粒子は作れる。それ全部を集めた全体に、超対称な世界があるというのが超対称性粒子。だから、宇宙だけじゃなくて、物質の世界にも僕らが知らない世界がものすごくまだまだ広がっているんですね。

 じゃあ、その超対称性粒子というのは、誰かが見たことがあるかというと、誰も見たことがない。わからない。実際に仮に加速器でそれを見つけようと思ったら、太陽系ぐらいある加速器を作らなきゃダメなんです。だから当分できっこない。できっこないのに何でそんなことを信じているのかというと、それがないと困るということがたくさんあるからなんです。これは、後でお話しするインフレーションと同じで、インフレーションと超対称性粒子というのは、宇宙論と素粒子論から想定されている新しい世界です。だけど誰もまだ証明していない。どうやって証明すればいいかということもよくわかっていない。それが超対称性粒子です。

 実は、宇宙膨張を加速する未知のダーク・エネルギーも、超対称性がないと説明ができないのではないかと言われているんです。超対称性粒子がないと、空間のエネルギーがものすごく高いものになって、今の世界が成り立たない。しかし、超対称性があると、今の空間のエネルギーがわりと小さいものであるということが理論的に想定できるので、それが宇宙膨張を加速する未知のエネルギーではないかということが、現在の想定なんです。こういうことがいつになったら明白に理解されるのか、私たちは非常に面白い時代にいます。後で申し上げますが、インフレーションについては、もしかするとそう遠くない間に証明される可能性もある。なかなかすごいものです。

●インフレーションとビッグ・バン

【図7】
            10 億年  138 億年膨張開始からの時間▲インフレーションビッグ・バン宇宙の出現宇宙の晴れ上がり最初の星【図7】銀河の形成現在

 【図7】はよくある絵ですが、横軸を時間にとりまして、縦軸は宇宙の大きさを非常に概念的に表している。まず最初にインフレーションが起きる。インフレーションというのは、今のところビッグ・バン以前を説明できるほとんど唯一の理論です。宇宙がどうやって膨張を始めたかという、その最初のきっかけは、量子の揺らぎであるという。しずくのようなもの。ただし、それが含んでいるエネルギーは莫大に大きなものです。そういう量子揺らぎがあって、それがたくさんあるんじゃないかということが最近は言われるようになりました。それがマルチバース、多世界宇宙というわけです。ただし、これはまだ全く想像の世界です。宇宙って英語でユニバースでしょ。バースというのは世界。ユニというのは一。だから、ユニバースというのはもともと、一つだけの世界という意味なんです。我々はそう思っていた。つまり、僕らに見える全世界はユニバース。だけど、我々の世界とは違う膨張宇宙があるかもしれないということになってきて、それをひっくるめてマルチバースというようになっているんです。マルチバースというのは、ユニバース(一つの宇宙)という概念に対するたくさんの宇宙ですね。ここで言う宇宙というのは何かというと、それぞれ全く違う膨張する世界です。言っておきますが、それは、観測のしようがない。証明のしようがない。可能性に過ぎないのです。いずれ、証明ができるかもしれない。しかし今のところ、どんなふうに考えようが、とてもできません。ですからマルチバースの世界はあくまで可能性の世界に過ぎない。しかしながら、とても面白い。

 ともあれ、そういう宇宙のしずく、それが唯一のものか、たくさんあるうちの一つか、知りませんが、それがボンと膨張を始めて、あっという間に巨大な宇宙になるんです。それが【図7】のインフレーションの部分の大きな傾きを示している。巨大になったところで、熱い高密度の巨大なビッグ・バン宇宙が出現するわけです。そのビッグ・バン宇宙は、そのまま惰性で膨張を続ける。だから、今の膨張はインフレーションの後の惰性であると我々は考える。【図7】の下に10のマイナス36乗秒と書いてあります。これが大体インフレーションが起きた時間なんです。僕らの概念では、ものすごく無茶苦茶に短い。それぐらいの間に宇宙は巨大になり、膨張を続けて約38万年経った時に、ちょうどプラズマが消えて宇宙がきれいに晴れ上がると計算できます。これを、宇宙の晴れ上がりといいます。その後は透明な宇宙になって、我々は現在、138億年のところから膨張してきた後ろをずっと、後ろをといっても、どこでも周りを見れば自然に後ろを見ることになるから、こういう世界を見ているというわけです。関心のある方は、ぜひ関連の本を読んでください。

 今申し上げたように、現在の科学のある意味の最先端がここにある。宇宙論と素粒子論が融合する時代です。

 よく、間違いやすい説明がされているんです。何か、宇宙をどこまでもどこまでも遠くへ行ったら、素粒子の世界になってしまったとか。だから、ウロボロスという蛇が自分のしっぽをくわえている絵が、色んな本によくあります。面白いけど、あれは全然関係ない。ウロボロスというのは、ギリシア時代の一つの循環理論の概念を表す絵ですが、これは全然そういう話と違うんです。つまり、宇宙というものは、非常に高温・高密度の世界から膨張を始めた。そういう世界は、素粒子の理論でしか説明できない。だから、宇宙論と素粒子論が一体になるのです。ごく自然なことで、つまり、この膨張する世界の誕生と物質の世界の誕生は、一緒なんですよということなんです。

 ますます混乱するかもしれませんが、今、「ひも理論」というのがあります。これは素粒子論の超対称性を説明できる唯一の理論。あるいは重力を説明できる唯一の理論といわれています。その「ひも理論」によると、この空間は10次元か11次元なくてはいけない。10次元か11次元ないと、理論が成り立たない。別にこれは怪しげな話ではないんです。これは何を意味しているかというと、物質と空間とは非常に密接に結びついている、分かちがたいものだということですね。物質が今の形になるということと、空間が今の形をとるということは、実は一緒に起きた。それが、まさに宇宙論と素粒子論が一緒になる世界です。そういう世界が見えてくるというのは、私は50年前には想像もできなかった。でも、みなさんの前には実はもうすでにそういう世界がある。私はこれはすごいことだと思います。ただここで立ち止まっていると、いつまで経っても今日の本題にいきません。

 しかしまた余計なことを言うと、夏目漱石という人は非常に講演が上手だったんです。僕は若い方にはぜひ読んでほしい漱石の講演が2つありまして、一つは『私の個人主義』。100年前にこれだけのことが言えたということに感激します。それからもう一つは『現代日本の開花』。開花というのは文明のことです。遅れて参加した日本が、ヨーロッパ文明の前におたおたしている、そういう世界をどう考えるのかということを非常に鋭く述べている。この2つの講演があります。だけど、漱石の講演というのは、始まって20分も30分も経って、もうそろそろ本題かと思うと、まだようやく門を入ったところです、という。なかなか本題に入らないというので有名だったそうです。私の講演はそれほどではないが、余り時間を門のアプローチでかけすぎても困りますので。

●天体と物質の進化史

【図8】天体と物質の進化史:膨張宇宙が銀河と星と生命を生み出した
宇宙のどこでも、同じ物理法則が働いている。しかし個々に起きる現象(例えば個々の星の形成)は、偶然的要素が働いて、少しずつ違っている。

 インフレーションが実際に起きたかどうかは別にして、とにかく138億年前にビッグ・バンがあった。これは間違いない。ここから、上と下に2つの曲線を引きます(【図8】)。上は、天体の進化です。最初は、さっき言ったように天体がありませんでした。そこで、最初の星と銀河ができた。当然ですね。銀河の誕生・進化が起きます。そうすると、その中で、様々な星間物質というものが生まれてくる。その星間物質がまた集まり集まりしては星を作り、そして惑星を作り、そして現在の太陽系のようなものもできていったと、こう考えます。これが天体の進化の概念です。天体の進化というのは観測でわかりやすいから目立つんですが、実は、その背後にあるのは物質の進化である。下の線で、こっちのほうが本質的です。

 最初の宇宙では、水素・ヘリウムという、非常に簡単な元素しかありませんでした。ところが、銀河や星が生まれると、星で様々な元素が合成されるわけです。酸素・窒素・炭素・ケイ素。こういうものがなければ我々の体も地球も存在できないような元素が、その星の中で生まれた。みなさんご存知の核融合反応で生まれます。それが更に蓄積されていくと、今度は、惑星の材料になる砂とか氷とかの固体微粒子、それに、有機分子というものが生まれるようになるんです。こういう酸素・窒素・炭素がなければ有機物ができないでしょ。有機物というのは、炭素が中心の化合物です。氷だってそうです。酸素がないとダメです。砂粒はケイ素がなければできません。というわけで、こういうものがだんだん銀河系の中の星間空間に蓄積されていくわけです。蓄積されていって、最後は惑星にそれが凝集していく。その中で、アミノ酸のような生体関連分子も生まれていくわけです。そして、地球の上で約40億年前に生まれたのが、生物というもの、そしてそれが何やかにややっているうちに、文明というものを作りだした。これが僕らの知っている宇宙の歴史です。宇宙の138億年の歴史を2分で言うと、こうなる。

 このことは、我々が知っているべき基本的な常識です。文系の人だろうが理系の人だろうが、これは知っていてもらいたい。我々はそういう世界の結果として生み出されたものですよということだからです。

 ところでここで面白いことが一つありまして、こういうことは、同じ物理法則が働いているから宇宙のどこでも起きているわけです。宇宙のどこでも同じ物理法則が働いて、同じように天体が生まれている。だから宇宙はどこを観測しても同じなの。私たちは、すばる望遠鏡でさんざん観測した。ある方向を見て遠くの天体を見て一生懸命時間をかけて露出して100億光年彼方に銀河がたくさん撮れます。そこで、反対の方に望遠鏡を向けて―すぐじゃダメ、半年経たないと地球がくるっと回りませんが―同じように撮ると、同じような世界が写るわけです。違いがわからない、ほとんど同じ。ただし、ちょっとずつ違う。どうちょっとずつ違うか。

 早い話が、ここにいるみなさんは人間である。全員が日本人かどうかは知りませんが、人間である。人間というのは、同じような格好をしているわけです。頭があって鼻があって目が2つある。だけど、一人ひとり全部違うでしょ。ちょっとずつ違う。そこが面白い。実は個々の現象、例えば個々の星が生まれるケース、あるいは個々の人が成長するケース、そういう過程にはたくさんの偶然的要素が働くために、ちょっとずつちょっとずつ違っている。これが我々の住んでいる世界。なぜ僕らはみんな同じ形をしているんですか。なぜ指が5本なんですか。これは法則があるからです。僕らの体の中をなぜ血が回っているのか。血管を見ると、みんな同じようにできているわけ。だけど、よく見ると個人によって色々違いがある。それが個々の偶然的要素というものです。

 実は星の世界でも同じです。星は全部同じに見えるが、実はよく見ると全部、ちょっとずつ違う。それは、その星を生み出してきた歴史がちょっとずつ違うから。私はよく言うんですが、だから私という人間は宇宙広しといえども私しかいない。過去も現在も未来も、私は二度と現れない。みなさんも同じです。そういう存在である。それが偶然ということの面白さです。そういうことを、天文学者は星を見ながら考えるんです。

●東京天文台に6mミリ波望遠鏡建設

【図9】1968〜70年 東京天文台( 三鷹)に6mミリ波望遠鏡建設
1970年から宇宙の分子をミリ波で観測( 星間物質、星の形成等)当時は世界で3台目、2番目に大きいミリ波望遠鏡野辺山に世界最大の45mミリ波望遠鏡を建設する計画スタート1968 提案( 赤羽、森本、海部)1970 日本学術会議で提言1982 建設開始

 それでは、私が何をしてきたかについてお話しします。今から約半世紀近く前に、東京大学に東京天文台という大きな天文台がありました。三鷹に本部があります。そこで6m ミリ波望遠鏡というのを作ったのが、私が大学院に入って最初の仕事です。【図9】のこれが僕。若いですね。この頃はみんな若くて、お金がない。だからみんな手作り。この望遠鏡だって、はいずりまわってみんなで磨いて作ったようなものです。それでも、ミリ波という波長の短い電波を観測する電波望遠鏡としては、アメリカの11m に次いで2番目に大きかったのです。

 それを使って、その頃としては非常に新しい観測をした。星間物質という、宇宙の星と星の空間を埋めている物質ですが、それが段々雲になって、暗黒星雲になって、そこから星と惑星が生まれてくるんです。そういう研究を、ミリ派という波長の短い電波で分子を観測することで始めたのが我々の仕事です。

●野辺山電波観測所建設

【図10】野辺山電波観測所( 東京天文台)
野辺山電波観測所( 東京天文台) ( 長野県野辺山、1982 年設置)短波長電波「ミリ波」で観測をリードミリ波星間分子線の観測・暗黒星雲の星間化学・星・惑星系の形成・銀河系と遠方銀河・超巨大ブラックホール

 これが大きな成功をおさめて、野辺山というところに、ミリ波観測では世界最大の直径45m という巨大な電波望遠鏡を作りました。野辺山は長野にありまして、行けば中が自由に見学できます。この中でいらした方もあるんじゃないでしょうか。私はまだ大学院生の時に、一緒になって提案に加わらせてもらった。

 それから野辺山には、干渉計という、たくさんアンテナを並べて一つの望遠鏡として観測するものもある。これも世界で非常に先端的なものでした。

 こういうものを使い、ミリ波という波長の短い電波―電波の波長をミリで数えるぐらいの電波―を観測した。みなさんが見るテレビはメートル波、メートルで数えるぐらいの長さの電波を使っています。これはミリ波。非常に当時の最先端の技術です。それを使うと、宇宙の冷たい雲の中にある色々な分子が見えてくることがわかりました。

●星間物質からの恒星の形成と物質変化

【図11】 星間物質からの恒星の形成と物質変化
重元素・超重元素・不安定核

 ミリ波で非常に大きな世界が開けたわけですが、それを使ってどういう観測をしたのかというと、例えばこういうもの(【図11】)。これが星間分子雲です。背景はアンドロメダの渦巻き銀河雲ですが、【図11】の中央の画像は我々の銀河の中にある石炭袋と呼ばれる暗黒星雲です。これは宇宙に穴が開いているんじゃなくて、背景にある天の川の星の光を雲が隠している。この雲は巨大なものです。温度が低いので、中には水とか氷とかそういうものがいっぱいあって、背景の星の光を隠すんです。だから、光の望遠鏡でいくら見ても真っ暗で何も見えないです。ところが電波で見ると、これが光って見える。なぜか。温度の低い分子ガスからの電波が出てくるからです。そういうわけで、この中で色んな分子があって、どういう運動をしているか、どうやって星が生まれるか、ということを我々は観測した。

 それが縮んで星が生まれると、このように生まれた星がまわりの暗黒星雲を照らして光らせます。これが、散光星雲というものです。この中では、何百という新しい星が生まれている。周りの黒い、これが暗黒星雲です。真ん中で巨大な明るい星が光って周りを照らしていますが、こうやって星が生まれる。星が生まれると何が起きるのかというと、星は太陽のように、中で核融合反応を起こして色んな元素を合成します。星は大きさによって寿命は違いますが、最後は大きい星は超新星として爆発して、合成した元素を全部ばら撒いてしまう。だから、重い元素がたくさんできていくのです。

 それから、赤色巨星から惑星状星雲になる星があります。きれいな天体で、太陽ぐらいのあまり大きくない星は、最後は膨張していって、こういうふうになっちゃうんです。真ん中に白く見えるのは星の芯で、白色わい星といいます。これを残してあとのものはみんな宇宙に膨張していってしまう。超新星みたいにボカンというんじゃなく、静かに膨張していきます。

 いずれにせよ、星が生み出したたくさんの元素は宇宙空間に還元されて、そしてまた暗黒星雲=星間分子雲になる。暗黒星雲には重い元素がたくさん含まれている。こういうことを繰り返し繰り返しする大きな循環です。大きな循環だけれど、単なる繰り返しではなくて、物質は段々進化していくわけ。重い元素が段々増えていく。重い元素が増えていくと何が起きるかというと、惑星のようなものができたり、そのうち生物まで生まれたりする。これが宇宙の物質循環と進化というものです。

●暗黒星雲には多数の有機分子や水がある

【図12】 野辺山宇宙電波観測所の45mミリ波望遠鏡( 現・国立天文台)
暗黒星雲には、多数の有機分子や、豊富な水(氷)が含まれている(ミリ波望遠鏡による観測、1980―90年代)この宇宙における生命は、やはり有機分子を基本としている可能性が高いのではないか?

 私は野辺山で作りました電波望遠鏡を使って、たくさん観測をしたわけです。【図12】は後ろが八ヶ岳で、きれいですね。冬なんか、観測しているとこんな贅沢していいのかというほどです。後ろの赤岳の頂上から赤い色が射してくる明け方など、何とも言えない。

 そこで色々面白い観測はしましたが、暗黒星雲の中にどういう分子があるかを徹底的に見つけてやろうというのが私のテーマの一つだったんです。見つけたのは、多数の有機分子です。炭素が鎖みたいにつながった分子がいっぱい見つかって、それは地球では全然知られていないものばかり。有機化学の教科書をひっくり返したってそんなのは出てこない。だから、自分たちで名前をつけられるという面白い経験をしました。そうやって新しい分子がたくさん見つかり、結局暗黒星雲の中には有機物がいっぱいあるとわかったんです。

 それから、水がある。これは電波ではなく赤外線で観測しました。水といっても液体の水じゃなくて氷。水は宇宙空間ではガスか氷のどっちかでしか存在できません。

 こういう観測で、結果として私自身が持った大きな感想は、宇宙における生物が地球外にあるとしたら―私はあるだろうと思っていましたが―やはり炭素を中心とした、地球と同じような有機物を基本とする生物だろうということが、ほぼ確信として持てた。なぜかというと、暗黒星雲という宇宙の雲の中ですでにそういう反応がどんどん起きている。炭素という原子には素晴らしい反応性があると、私はここで学んだんです。

●すばる望遠鏡の建設

【図13】すばる望遠鏡の建設( マウナケア、1991 年〜 2000 年)
口径8.2 mすばる望遠鏡( 国立天文台ハワイ観測所)・観測的宇宙論・銀河系と遠方銀河・恒星の進化・太陽系外惑星とその形成

 その後私はどうしたかというと、ハワイで口径8・2m の可視光用のすばる望遠鏡を作りました。ここに人が2人立っているんです。いかに望遠鏡としてでかいものかということがわかります。【図13】の右上は、ドームと中の望遠鏡を上からのぞいています。これを使って、様々な観測がなされたわけです。特に、後で出てくる太陽系外惑星。【図13】の下に「太陽系外惑星とその形成」と書いてあります。そういう観測は、すばる望遠鏡の観測的宇宙論とともに、非常に大きな成果を上げています。

●世界望遠鏡「アルマ」

【図14】ALMA「世界望遠鏡」第一号( チリ・アタカマ高地、標高5,000 m )

日本―北米―欧州共同建設・共同運用 2013年完成式
サブミリ波観測では、既存の望遠鏡に100倍する観測性能

原始惑星系円盤惑星系の形成生命関連分子探査観測的宇宙論銀河形成銀河系と遠方銀河

 さらに、日本はALMA(アルマ)というものを作った。私はこの時は、国立天文台の台長で、ヨーロッパ・アメリカと一緒になって、世界唯一の巨大な電波望遠鏡を作ろうという計画を進めたわけです。「世界望遠鏡」と僕らは言っていた。つまり、ヨーロッパ・アメリカ・日本が巨大な電波望遠鏡を一緒に作り、一緒に運営しているわけです。60台のアンテナをチリの標高5000m のアンデスの高地に並べて、現在の望遠鏡の100倍の観測性能を得た。これはもう、働き始めています。まだフル性能にはなっていないが、徐々に性能を出している。

 ここでの非常に大きなテーマは、原始惑星系円盤、惑星系の形成、生命関連分子探査などです。いよいよ、実際に惑星がどうやって生まれるかとか、その惑星を生み出す現場にはどんな物質があるかとか、生命関連分子はどうなってくるかとかが、実際に観測される時代になりつつある。今や、我々はそれを目指しているわけです。こういうことからも、いかに天文学の観測が大きな飛躍をしてきたかということがわかると思います。

●口径30m次世代望遠鏡

【図15】

 更にこの先、ハワイのマウナケアのすばる望遠鏡の隣に、2020年代の前半までにTMTという口径30m の望遠鏡を作ろうという計画が進んでいます。これはすばる望遠鏡の10倍ぐらいの性能があるもので、こういうのができると、地球型惑星を観測し生命存在の証拠を探査するということにいよいよ手がつけられるようになる。まあ、すぐできるとは言いません。後でまた話をしますが、いよいよ手をつけられる。すごい時代になってきました。すでに建設が今年度から本格的に始まります。

●日本は大型望遠鏡計画を着実に進めてきた

【図16】 日本は、大型望遠鏡計画を計画的・着実に進めてきた

 これまでの日本の天文学についてざっとまとめますと、1960年代に日本は初めて岡山に1・8m の望遠鏡を持ちました。これはイギリスから買ったんですが、初めて世界の天文学にちょっと仲間入りできるようになった。それまでは力学とか理論では良い仕事をしたけど、観測では難しかった。

 1982年に野辺山の45m 電波望遠鏡、これで一気に世界トップに出ました。そしてすばる望遠鏡が2000年に完成し、これも世界のトップ。そして、ALMA。これは世界と一緒になって世界のトップを作り、更にTMTというまた新しい望遠鏡を作ろうという、大体こんなふうにして、光の望遠鏡、電波望遠鏡を交互に作り、集中して日本のナショナルプロジェクトを進めてきたわけです。私は幸いにして野辺山・すばる・ALMAの建設に関わることができました。

2. 地球外惑星・地球外生命・地球外文明

●太陽系外惑星の発見

 さてそれで、少し急がないといけない。太陽系外惑星の発見という話をいたします。これから本論ですから少し話を急ぎます。すでに、何千個という惑星が見つかっている。このことを知っていたという方は手を上げてもらえないですか。太陽系の他の星を回る惑星が見つかったのを知っていた。遠慮しないでちゃんと手を上げてください。半分まではいかないけど3分の1ぐらい。ということで、ずいぶん知られるようになりました。これ、実は1995年で、僕から見ると非常に新しい。今ものすごい勢いで見つかっています。

●ケプラー衛星望遠鏡で太陽系外惑星を探査

 ケプラーというNASAが打ち上げた望遠鏡(口径1m )で観測した結果によりますと、夜空に光っている星のいくつかを指差せば、そのうちのほぼ1つには地球のような小型岩石惑星がある。すごいことなんです。我々の銀河系に天の川全体で星がいくつありましたか。1000億個です。つまり、1000億個の6つに1つ。仮に10に1つにしたって、100億個の地球型惑星が、この天の川銀河にある。他の渦巻銀河にも当然ある。ということがわかってきた。

【図17】約2,000 個の恒星の周りを約2,700 個の惑星候補が   回る( ケプラー衛星望遠鏡、2013 年1 月中間報告)
▼太陽系外惑星の発見
1995 年以降、恒星を回る惑星の発見が続いている
地上望遠鏡の観測で  約1,800 個
スペースからの観測で 約4,000 個
NASAのケプラー・ミッションによると、夜空に輝く星々の6つに1つは地球のような小型惑星を持っているらしい

 【図17】の左下はケプラー衛星です。CCDという検出器がたくさん並んでいるカメラで、これでパチパチと写真を撮っていくわけです。白鳥座のある同じ方向に15万個の星があるんですが、それを何度も繰り返し撮っていって、どういうふうに星の光が変化するかを見る。そうすると、星の中に、時々ほんのちょっとだけ暗くなるやつがある。どれぐらい暗くなるかというと、1万分の1とか、100万分の1暗くなる。そんな観測だから宇宙からしかうまくできないんですが、それをずっと見ていると、それが例えば3カ月たつと、またちょっと暗くなる。それはなぜかというと、周りを小さい惑星が回っているからなんです。それが我々から見てちょうど星の前を通る場合、真ん中の星の明るさがちょっと暗くなる。それが周期的に繰り返される。そういう観測から、他の恒星を回る惑星を見つけることができます。それはずいぶん大変だなと思うかもしれませんが、15万個もありますと、惑星なんてたくさんあるから、そういう現象がいっぱい見つかるわけです。それで、4000個の系外惑星候補を見つけました。【図17】が、2013年に発表されたケプラーが見つけた惑星を持つ星です。もう、本当にいっぱいあるわけです。

●どの大きさの惑星がどれくらいあるか

【図18】どの大きさの惑星がどれくらいあるか                  ( 観測からの予測)

 さて、こういう結果を基にして、統計的に考えます。たまたま星の前を惑星が通る、そういう確率はどれぐらいあるかということも全部含めた計算をしまして、一つの恒星が惑星を持つ確率はどれぐらいかというのを勘定したものが、【図18】です。

 今まで見つかっている惑星は、木星サイズ以上がこれくらい、大型海王星サイズ―海王星は木星と地球の間ぐらいのものです―はこれぐらいですね。小型海王星サイズというのは多い。地球サイズの2倍とか3倍とかあるスーパー地球サイズというものも見つかっている。地球サイズの2倍あると、体積は8倍でしょ。だから地球の10倍ぐらい重い。そういうのをスーパー地球というんですが、そういうものが今うじゃうじゃ見つかっていて、そして地球サイズも結構たくさん見つかってきています。そういうことから見ると、地球サイズの惑星を持っている恒星の割合は16%ぐらいというふうに、現在の推定でされている。

 だから、惑星を持っている星は、ごく普通なんですね。これはどうしてかというと、今日は詳しい話はもちろんできませんが、惑星は、恒星つまり太陽が暗黒星雲から生まれる時に、おまけでその周りに自然にできちゃうんです。恒星の周りをグルグル回る惑星が自然にできちゃう。これは理論的にも説明されております。そういうわけで、惑星はたくさんあるよと、まずこのことを。地球のような惑星も、たくさんある。となると、それじゃあ生き物のいる惑星を探せないかということになる。今や、そうなっているわけです。

●「ハビタブル・ゾーン」を回る地球サイズ惑星

【図19】 ケプラー・ミッション( NASA ) で発見された「ハビタブル・ゾーン」を回る地球サイズの惑星(Kepler-186f)

   距離: 500 光年  大きさ: 地球の1.1 倍  公転周期: 130 日

Earth Kepler-186f Kepler-186 SystemSolar System

 「ハビタブル・ゾーン」というのは何か。【図19】のこれは地球、下にあるのは太陽です。太陽、水星、金星、地球とありまして、地球の軌道のあたりが「ハビタブル・ゾーン」です。太陽からの距離でちょうど地球表面は水が液体になれる。太陽に近すぎたら熱すぎるから蒸発しちゃう。太陽から遠すぎたら氷っちゃう。液体として水が惑星表面に存在できるのは、わりと条件が限られているんです。

 海こそは生き物の源泉です。生物は海で生まれたと、現在でも考えられている。だとすると、海があるかないかということは、生き物がいるかいないかの条件であろうと考えて、惑星表面に水すなわち海が存在できる範囲を「ハビタブル・ゾーン」というわけです。バビットというのは住むということです。居住可能、生き物がいられる。いるかどうかは知らないが、いられる。可能性です。

 ケプラー衛星が見つけたKepler-18 6f という惑星は、【図19】でサイズを太陽系と比較していますが、ずっと小さくて、ここに回っている。この惑星は大体130日で中心星をぐるぐる回ります。地球は3 6 5 日ですが、これは130日で、大分内側ですね。なぜ、こんなに「ハビタブル・ゾーン」が内側にあるか。それは、この真ん中の星が小さいからです。太陽より小さくて暗い。そうすると「ハビタブル・ゾーン」は内側にくる。太陽より大きい星は「ハビタブル・ゾーン」は外側にくる。こういうわけで、「ハビタブル・ゾーン」は真ん中の星の大きさで決まります。

 というわけで、今こういうハビタブルな惑星を探そうという機運が非常に高まっているわけです。これからこういうものがどんどん見つかる。見つかるとどうするかというと、―これ想像図です―この表面に海があるかどうかを調べる。順番としては、まず「ハビタブル・ゾーン」にある惑星を見つける。そうしたら、その惑星を観測して海があるかどうかを調べますが、実は簡単じゃないんです。非常に難しい。

●太陽系外惑星の直接観測

【図20】 太陽系外惑星の直接観測

  地球型の岩石惑星の光を直接とらえ、
⇒ ・反射光から表面の特徴を調べる
⇒ ・分光分析で、大気の成分・温度・運動等を調べる

主星 GJ504 : 太陽型恒星 距離 60 光年 おとめ座
惑星 軌道半径 40天文単位 質量は木星程度

 これは、太陽系外惑星の「直接観測」ですね。そもそも、今まで惑星が何千個も見つかっているといったけど、直接見つかったものはほとんどないんです。何千個という惑星はほとんど、さっき言ったように中心星の前を横切る影として見つけた。あるいは、重力的な効果として見つけたものです。これは惑星がぐるぐる公転すると真ん中の星がちょっと振られるんで、それを見つける。これをドップラー法といいます。どっちも間接法であって、実際に惑星の光をとらえるのはかすかなので非常に難しい。現在は、すばる望遠鏡のような最先端の望遠鏡がようやくとらえています。【図20】がそうです。イメージを更に処理してきれいにしたものです。これは中心星の位置で、中心星からの光が漏れ出している。ものすごく処理をしたあげくここまで散乱光を減らしているんですが、ここに惑星が見えています。これが、すばる望遠鏡が直接観測した惑星であります。GJ504 というほぼ太陽くらいの星で、距離60光年。惑星の大きさは木星ぐらい。木星は、大きさでいって地球の10倍、重さでいって300倍ある巨大なガスの星で、これでは生き物は存在できませんね。ガスが厚くて、海がないんです。だからこれは生物という面からすると問題ありですが、観測がようやくこういう木星型の大きな惑星に届いたところです。

●建設中の次世代の望遠鏡

【図21】 建設中の次世代望遠鏡JWST
太陽系外のハビタブル・ゾーンにある惑星の観測で、生命存在の証拠(バイオ・マーカー)を探す

 ではどうするかというと、やはりもっと大きな次世代の望遠鏡を作るということです。例えば宇宙空間には、J WSTという口径6・5m の望遠鏡を打ち上げます。宇宙から観測すると非常に精度がよろしい。それからさっき言ったTMTという口径30mの望遠鏡を、ハワイのマウナケア山頂に作ります。こういうクラスの次世代望遠鏡が2020年代、つまりこれから10年先にはもう活躍している。そういうものが地球のような惑星を見つけて、その上に海があるかどうか調べるということまでやろうとしているはずです。

●どうやって1.海と大陸の存在を確認

【図22】  どうやって? 1、海と大陸の存在を確認する

自転軸に垂直な方向から観測
地球観測衛星のデータを用いて計算   ( 須藤ほかによる)

 じゃあどうやってやるの。生命存在の証拠を、「バイオ・マーカー」といいます。まず「ハビタブル・ゾーン」にある惑星を見つける。それから海を見つけ、「バイオ・マーカー」を見つける。例えば、海を見つけることは割とできるでしょう。どうしてそんなことができるかというと、例えば地球をモデルにして計算する。地球は幸いにして24時間で一回転するでしょ。だから、「ハビタブル・ゾーン」に何か地球みたいな星があったとすると、それをずっと見る。そうすると24時間で一回転すると、その光が変わるんです。なぜかというと、場所によって反射する光が違う。【図22】では太平洋が見えていますが、太平洋からはほとんど何も反射されない。水というのは、反射率がすごく悪いんです。なので、何も見えない。ところが、アフリカのサハラ砂漠が見えてくると、赤い砂の反射光が見えて、赤い光がどおっと増えます。それを周期的に繰り返すから、観測していると、この惑星には海がある、陸がある、陸と海の割合が何割ぐらいかまでわかる、ということをやろうという。非常に難しい観測ですよ。だけどそういうことができるだろうと考えています。

●どうやって2.生命存在の証拠を探す

【図23】どうやって?2、生命存在の証拠( バイオ・マーカー)をさがす
太陽系外地球型惑星の大気スペクトルを観測地球: O3,H2O,CH4, 等オゾン(O3) の吸収線→大気中に酸素分子が存在→大気中に酸素分子を 送り込んだバクテリア的 生物の存在

 次には、本当の意味での「バイオ・マーカー」さがしですね。【図23】は横軸が赤外線の波長で、波長はミクロンです。縦軸は強度ですが、金星・地球・火星の光をこうして波長に分けて比較すると、金星・地球・火星に共通した深い吸収線があります。これは地表から出てくる光を冷たい大気が吸収するんですが、その際にその上の大気の中に含まれる原子や分子だけが吸収するので、こういう特定の波長の吸収になる。こういうのを、スペクトルといいますが、これは炭酸ガス(CO2)で、3つの惑星全てに共通している。ところが地球だけが、メタンとか水蒸気とか非常に細かい吸収線がたくさんあるので、これは大気中に水蒸気があるな、メタンがあるな、メタンがあれば生き物がいそうだな、こういうことがわかります。

 更に重要なのは、オゾン(O3)です。酸素の原子が3つついているオゾンという分子は、みなさん知っているでしょ。日焼けを止めてくれる大事な大事なものですよね。あれがなくなったら、人類は太陽の紫外線で死んじゃうわけです。仮に地球に似た星を観測して、オゾンの吸収線が見つかったとすると何がわかるか。大気中に、オゾンのもとになった酸素分子(O2)が存在することがわかる。その大気中の酸素分子というものはどうやってできたかというと、生き物が作ったものです。良いですか。他の惑星を観測した。空気中に酸素があった。あ、これは酸素を吸って生きている生きものがいるに違いないというのは、言い過ぎですね。酸素があるからといって、生き物がいるとは限らない。だけど実は、酸素は別の意味で非常に重要なんです。

 地球の大気の酸素は、地球が生まれた時には元々なかった。じゃあどうして今はたくさんあるのか。16〜18%もあるのはなぜか。それは、生き物が酸素を作ったから。バクテリア、現在では植物です。それが酸素を作って今でも供給しているから、地球の空気には酸素がある。

 ということは、他に地球のような星がありました、一生懸命観測しました、オゾンの吸収がありました。ということは大気中に酸素があるわけですね。大気中に酸素があるということは、それを作った生き物がいますねということです。これは、相当強力な証拠なんです。こういうものを「バイオ・マーカー」と申します。ですから、非常に遠くから非常に微かな惑星を観測するんで難しいんだけれども、できないことはないです。

 それで、わかっている方も多いと思いますが、そんな地球みたいな惑星が見つかったら、どうしてロケットを送らないのか、ロケットを送って調べればいいじゃないかと思うでしょ。思わない? 思わない人は良く知っている人です。実際にロケットを送ったとしましょう。地球から100光年のところに地球のようなものがあった。100光年というと、宇宙では近いですよ。では今あるロケットで一番早いやつは、何年かかるかといえば、100万年かかります。行くだけで100万年。だから、今の技術は全然お呼びじゃないんです。太陽系の中だけならロケットは何とか行く。冥王星に行くのに、10年でよい。太陽系とその外の世界は、全くケタ違いにサイズが違うんです。ですから、今のところこういう観測は望遠鏡でやるしかない。それで、天文学者が目の色を変えているのです。

●「宇宙文明を探す」という試み

【図24】 「宇宙文明との交信( CETI )」という試み

  CETI : Communication with Extraterrestrial Intelligence

1960 年 最初のCETI 観測                        フランク・ドレイクら                        NRAO ( 米) の                        26 mパラボラによる

⇒「宇宙文明の探査( SETI )」への発展
SETI : Search for Extraterrestrial Intelligence
「向こう」からの電波通信を偶然受ける可能性はほぼゼロ
地球のような「人工電波星」を探せばよい

 そこで、ここまで来ましたから、「宇宙文明を探す」という話をちょっとしておきます。人によってはそんなのは夢のまた夢という人もいるかもしれないが、実はそうではないという話です。これは、みなさん知っている人も多いと思うんですが、フランク・ドレイクという人が―私も良く知っている電波天文学者ですが―1960年に最初のCETI(セティ)の観測をしました。CETIとは何か。CETIとは、Communication with Extraterrestrial Intelligence、つまり地球外文明との交信。communication ですから、交信です。

 彼が考えたのは、地球外の文明があって電波で交信しているとすると、地球に文明があるのを知っていて、地球に一生懸命電波を送っているかもしれないじゃないかと、それを受信することができるんじゃないかと。で、観測したけど、もちろん見つからなかった。

 現在は、同じセティでも、CではなくてSのセティです。「宇宙文明の探査」というものに発展している。ドレイクのこの観測は非常に大きな衝撃を与えたし、話題性を提供したんですが、実際にはほとんど成功する可能性はないものです。なぜかって、宇宙に文明がいくつあるか知りませんが、それが地球に文明があると知っていて、だから地球に交信しようとして電波を、それも今送ってきているんだと、しかもどの波長で送ってきているかもわからない、何もわからない。ほとんど受信できる可能性がゼロの話なんです。だから、いくら観測しても見つかりませんでした。ああそうですか、でおしまい。それ以上何にも発展しない。もちろん、見つかったら大変ですよ。でも、見つからなかったからといって、宇宙文明について何の情報も与えてくれません。

 科学である実験をやる時に、それがネガティブな結果だった時、そのことが何らかの意味を持つかどうか。これは科学にとって、非常に重要なんです。ああやっぱり見つかりませんでした、おしまい、というのでは、科学的実験とは言えないんです。ダメだったことが何らかの意味を持って初めて、真剣な科学的な実験を行う意義が生まれます。

 そこで、CでなくSのSETI。このSは、search です。Search for Extraterrestrial Intelligence。向こうから来る通信電波を待つんじゃない。地球は電波星で、強力な電波を宇宙に垂れ流しているんです。テレビ電波、あと、宇宙の衛星との通信もやっていますね。これは強力な電波を衛星とやりとりする。それから更に強いのは遠くへ送った惑星探査機との交信で、巨大なパラボラを使ってものすごく強力な電波を送ります。ビーコンですね。そういうものがやたらとある。空港でも、飛行機との交信でビーコン電波というものを使っています。地球はいっぱい電波を宇宙に発信しているんです。だから、地球のように出している電波を捕まえれば良いじゃないかというのが発想です。向こうが交信してきているかどうかは関係ない。電波を垂れ流しているやつを見つけましょうというので、受信できる可能性がはるかに上がりまして、ここで初めて、宇宙人さがしは科学らしいものになってきたんです。

●SKAによるSETI

【図25】SKA ( 1平方km電波干渉計) によるSETI
長波長電波望遠鏡国際計画SKA (2020 年〜? )1000 光年以内の100 万星を1-10GHz で探査フル稼働すれば、数百光年までは探査可能アフリカ大陸とオーストラリアに建設2020 〜 30 年?●もし見つかれば…?●見つからなければ…?
▼宇宙の生命探査: 今後10 〜 30 年で進むこと
1. 「第二の地球」= 海を持つ小型岩石惑星の検出
2. 「第二の地球」のバイオマーカーの観測・検出
3. 太陽系の惑星・衛星における生命探査
4. 宇宙の文明の探索(negative or positive)

地球の生命・地球の文明を宇宙の中で問い直す

 こういう観測を本格的にできる装置はまだ存在しませんが、今国際協力で計画されているSKA(1平方キロメートル電波干渉計)という巨大な電波望遠鏡があります。これは一部、すでに作り始めています。観測する電波の波長が長いのでパラボラじゃありませんが、巨大なアンテナ群を一つのセンターとして、例えばオーストラリアですが、そこにたくさん、200個とか作る。それで、ニュージーランドにまで広げていっちゃおうと。巨大な何千キロの電波望遠鏡を作るんです。それを使うと、このSETIがある程度できるということです。フル稼働しますと、数100光年先までは探査可能。ただし、それがいつできるかまだよくわかっていない。2030年代かな。お金が余り十分ないんです。フル稼働すれば数100光年までは観測できるというその数100光年の中には、地球型の惑星が10万個くらいはあります。

 見つかったら、どうするのか。見つかったら大変じゃないか、宇宙人が攻めてきたらどうするんだと言って、今から会議を開いている人たちがいますが、その心配はない。仮に100光年彼方に見つかったとして、通信しようとして「俺たちここにいるよ」と電波を送ったとして、届くのに100年かかる。向こうで「おお、大変だ。こっちもいるぞ」といって電波を送り返しても、200年かかるわけです。だから十分時間はあるんで、見つかったからといってあわてる必要は全くない。

 そういうことよりも、さっき言ったように、むしろ見つからなかったらどうなるかということのほうが、実は大事かもしれないのです。見つからないということは、地球型の惑星が仮に10万個あっても、その中には電波文明は存在しないということです。ということは、何を意味するかというと、文明というものはなかなか生まれないのかもしれない。我々は地球型のハビタブル惑星なら生物は生まれるだろうと思っているんです。でも、文明が生まれるというのはやはり難しいんじゃないかな、まれなんじゃないかな、となる。

 あるいはもう一つの、これはもっと怖い可能性です。生物が生まれれば知的生物はいずれ生まれる、文明ができるに決まっているだろうと考える。じゃあ、なぜ宇宙に文明が少ないかというと、文明の寿命が短いから。こっちのほうがずっと怖いでしょ。

 ですから、宇宙に生命を観測しようというのは、実は地球生命の鏡を見つけようとしているわけです。文明についても同様です。生命が見つかるのが早いか、文明が見つかるのが早いか。実はわからないんです。

 これ8時までですよね、主催者の方。どうしようかな、私の話は夏目漱石じゃないけど、実はまだ半分ぐらいなの(笑)。だから、文明の話をちょっとはしょりまして、地球の生物の話をして、そこでストップしましょう。

3. 地球46億年の生物史と人類・文明

●地球生物の発生

【図26】地球生物の発生
38億年前の生命の痕跡( グリーンランド、イスア)40億年前に海ができるとすぐに生命が誕生した 嫌気性の好熱菌 ( 原核細胞生物) 真核細胞生物 多細胞生物多くの段階を踏んで現在の生命系へ変化

 結局私が今日話したかったことの一つは、こうして一つひとつ観測が進んでいくことによって、地球の生命、地球の文明というものを問い直すという時代になるということです。私は、みなさんは間違いなくそういう時代に生きることになるだろうと思います。それが我々の文明というものにどういう新しい考え方をもたらすのかということがあります。

 そういう意味で地球の生命を見直してみますと、これは簡単にいきます。地球の生物はいつ生まれたのかというと、38億年 前 の グ リ ー ン ランドに多分その痕 跡と考えられる地層があります。3 8億年前というと地球が生 まれてから8億年後です。ずいぶん経っているじゃないかと 思うかもしれないが、それは違う。地球が生まれて最初の数 億年はものすごく熱くて、海が存在できませんでした。マグ マオーシャンといって、マグマの海に覆われていた。それが 冷えて海ができたのは、約4 0億年前です。6億年経ってから。 そうすると、わりとすぐに生き物が生まれていますね、とい うことがむしろ重要なんです。

 最初は、嫌気性という酸素が嫌いな生物、好熱菌という温 度が高いのが好きな生物でした。なぜか。その当時の地球の 大気には酸素がなくて、温度が高かったから。だから、自然 にそういう生き物が環境に合わせて生まれて、それが真核生 物、多細胞生物という段階をへて、現在に至るわけです。

●地球生物の分子系統樹

【図27】地球生物の分子系統樹
微胞子虫類植物菌類動物
粘菌
ヒゲハラムシ目
6億年前( F )
19 億年前( F )
27 億年前( F )
ユーリアーキオータ
35 〜 28 億年前( I )
クレンアーキオータ
27 億年前( B )
21 億年前( F )
12 〜 10 億年前( M )
シアノ
バクテ
リア
繊毛虫類

 生物学も非常に大きな変革を遂げております。「地球生物の 分子系統樹」というものがあります。生物種ごとのDNAの 違いを分析して、その違いを分岐してからの時間に焼き直す ことができます。DNAは、自然にちょっとづつ変化してい る。それが蓄積されていって、たくさんの生物種ができてい るわけです。そうすると、何と、我々の知っている植物とか 動物とかは【図2 7】の上にちょろっといるだけなんです。他 はどういうものかというと、真核生物という真核細胞でできたほぼ多細胞の生物 と、それから、もっ と原始的な細菌類。 真性細菌と古細菌 という、この3つの 大きな分枝がありま す。そして、この系 統樹から見るに、こ の下のあたりにどう も起源があるのでは ないかと言われてい るんです。ですから 最初は細菌として生 まれる。古細菌また は真性細菌。それか ら真核生物が生まれ て、その先の先の先の枝の先のほうに我々がいるわけです。

●原核細胞生物から真核細胞生物へ

【図28】 小さな原核細胞生物から 共生を重ねて巨大な真核細胞生物へ
真核細胞
DNA
( 核膜がない)
葉緑体
ミトコンドリア
核膜に包ま
れたDNA
原核細胞( 下に拡大図) 真核細胞はまるでひとつの工場

 そこで、私たち人間とはどういう生物かを見直したいと思 います。【図2 8】の小さな原核細胞。これがバクテリアです。 拡大したものが下ですが、これはDNAが中にあり、それを 細胞質で取り囲んで細胞膜で囲っていて、それだけです。そ れに、しっぽとかべん 毛とかが生えていま すが、これは根元に分 子モーターというの があって、そいつがく るくるくるっと回る んです。回るとこの べん毛がひゅるひゅ るっと揺らいでそれ で泳ぐ。そういうバク テリア、原核細胞生物 が基本的な生物の形 態であったわけです。

 それから、巨大な 真核細胞が生まれる。 真核細胞というのは 中がものすごく複雑で、DNAをしっかり角膜で囲い込んで、 色んな装置を中に持っていまして、たんぱく質を作ったり、 伝達したり、情報網、運輸装置まで持っている。基本的には 大きな細胞に原核細胞がエサとして取り込まれて、中で生き のびて「共生」関係を結ぶことでこういうものを構成していっ ただろうと考えられる。だから、真核細胞というのは原核細 胞を集めて作った第二次生物と考えられます。

●多細胞生物の登場

【図29】 多細胞生物の登場:約10億年前

 我々人間は、真核生物です。動物も植物もみな真核細胞です。 なぜか。真核細胞であって初めて多細胞が生まれるからです。 真核細胞はでかい。複雑である。だから分業ができる。そこ で、それを集めると多細胞生物になる。人間は、 60 兆個の真 核細胞でできている。それが、髪の毛になったり歯を作ったり、 血管になったり、色々なことをやっています。分業というこ とは、真核細胞に なって初めてでき たのです。

 そういう意味で 動物や植物は、真 核細胞を集めて 作った第三次生物 である。最初の 多細胞生物は動物 か植物かわかりま せんが、それはぺ らーっとしたもの です。これが最初 の多細胞生物のひ とつです。ぺらっ ぺらの紙みたいな もの、実際はこんなに小さいんです。今、世界中でこのエディ アカラ生物群が見つかっています。それがカンブリア期を経 て、大発展するわけです。

●地球生物の多様性の増大

【図30】地球生物の多様性の増大

 【図 30 】が4 0億年の生物の進化ですが、最初化学進化を経た。 ここが一番わかっていないんです。最初どういう化学進化を 経て生物に至ったかというのは大問題ですが、いずれにせよ 生物はわりとパッと生まれて、海が生まれると生物がすぐ登 場した。最古の細菌化石が 35 億円前にあります。そしておよ そ 20 億年で真核細胞が現れますが、重要なことは、その前に 海や大気に酸素分子が蓄積されたことです。これで初めて真 核細胞ができる。だから、真核細胞が最初からできるという ことは絶対になくて、原核生物がたくさん酸素を蓄積して、 更に進化し発展したその後に、ようやく 20 億年で真核細胞が できる。それが多細胞になるのに、また1 0億年かかる。そし て、多細胞になると、わりと早い時期に大発展が起きまして、 人類が現れる。人類が現れたのは、この上の線の中でも本当 に先のところです。重要なのは、地球生物の時代はほとんど が目に見えない単細胞の時代だということです。

 だから、他の地球型の惑星を見つけて、海がある、生き物 がいる。じゃあどこかで鹿が跳ねていないかなというふうに はならない。大部分は目に見えない顕微鏡的な生物しかいないという可能性 のほうがまず大 きいということ を知っていなけ ればいけません。 そういうことを、 我々は考えなが ら探査をしてい くわけです。 というわけで、 地球はそういう 意味でも、宇宙 の生物を考える 上で大変重要で す。

●地球生物は4つの大ジャンプで段階的に進化

【図31】地球の生物は4つの大ジャンプで段階的に進化した ( 古い生物種も生き残って、繁栄している)

 【図3 1】は、地球の生物のまとめです。原核生物から真核生 物ができ、多細胞生物になり、そして現生人類というものが 生まれたのがわずか 20 万年前です。そして、もう一つ重要な ことは、これは現在のエコロジーということを考えれば重要 なんですが、古い生物も全部生き残っている。古い生物から 新しい生物が進化したら、前のは滅びたと思っちゃいけないんです。前のも大体全 部生き残って、こうい う細菌類とか、真核生 物とか、原生動物のよ うな単細胞、そういう ものがうじゃうじゃと おりまして、私たちの 体の中には、細菌類だ けで 20 兆個いると言わ れているんです。それ がいないと僕らは暮ら せない。一緒に暮らし ていて、それのおかげ で我々はメタボリズム を回している。こうい うものが現在の生態系であるということを理解しなければい けない。きれいな物、大きいものばっかりを見て、滅びたら 大変大変と言っていますが、そうじゃない。背後には見えな い微生物の世界というものがびっしりとあって、それで生態 系というものが初めて成り立っているということです。そう いうことを我々は忘れがちである。

●地球の生命も「特別な存在」ではなくなるか

【図32】
1700年〜2050年世界人口推移(推定)

 というわけで、地球を考えますと4 0億年前に地球が冷えて 海ができるとすぐに生物が生まれた。そのことから、生物が 生まれるということ自体は奇跡ではないだろうと僕らは思う わけです。わりとすぐ生まれた。だから、海が存在する天体 では生物が生まれるだろうというのが、天文学者のわりと楽 天的な見通し。他の惑星に生命が見つかれば、地球の生命も「特 別な存在」ではなくなるだろうと我々は考えております。では、 人間〜知的生命〜文明は「特別」なものなのかという話をし たかったんですが、もうあまり時間がなくなりました。

 ここで重要なのは、まだわからないということです。文明 に関して言うと、地球の文明が必然なのか偶然なのかはわか らない。ただ、例えば農耕文明のようなものは地球上の色ん なところで生まれました。人類が生まれるのも、紆余曲折は あったけれども、そんなに奇跡というほどのものじゃない。 だから文明というものが奇跡なのかというと、どうもどう考 えてもそれほど奇跡じゃないです。ということが今までの色々 な研究から言えると、私は思っている。

 ただし、一番問題なのはさっき言いましたが、文明の寿命 は短いかもしれません。我々の文明が何年保つかって、考え たことありますか。例えば、じゃあこの中で聞いてみます。我々 の文明が今後1万年以上続くと思う人、手を上げて。ためし の質問ですから、ためらわないで、とりあえず。じゃあ、続 かないという人。ほお、そっちのほうがちょっと多数派なん ですよね。これはなぜなのか。そのこともぜひ考えてほしいということがあります。

 つまり、なぜ我々は いまだに例えば戦争か ら逃れられないのか。 むしろ今地球上の争い は、ひどくなっている じゃないですか。なぜ なのか。それから、文 明が作り出す新たな危 機というものに対処で きるだけの知恵を、私 たちは持っているのか ということです。私は、 持っているという意見。 持っていると思いたいという希望的な意見です。

●科学とは何か、人類とは何か

▼人類とは
@人類は、「ヒト」という社会性の動物である
・動物からの進化の足跡を至る所に残している
例: 雄が雌より大きい(集団性の哺乳類に多い特徴)
・ヒトは、「新社会性哺乳類」
・ヒトは、「自己家畜化した動物」 など……
A人類は、「知りたがりや」の動物である
・人類は、「自分たちがどんな世界にいるか」を知ること
を重ねて発展し、大成功した動物である。
・獲得した知識・理解を活かし、様々な環境に進出した。
・「知ること」は、人類という動物(ヒト) の本能になった。
⇒科学と技術

 私は科学者ですし、科学を非常に重要なものと考えている んです。科学とは何かというのは、重要な概念です。科学とは、 世界を「知る」人類の営みである。科学とは、便利なものを 作るというものじゃないですよ。そこはぜひ押さえてほしい。 「サイエンス」はラテン語のscientia(知ること、知識)から 来た言葉です。日本語の「科学」は、明治初期の西周(にし・ あまね)が、数学・物理学 など「諸科の学」という意 味でつけました。でも本来、 科学とは知るということな んです。技術は「作ること」。 ちなみに、「科学技術」と いう言葉は、日本にしかあ りません。知ることと作る ことが相補的に一緒になっ て今の様々な産業の基に なっているんですが、知ら なきゃ話にならない。だか ら、人間の好奇心は非常に 強いんです。なぜかという と、人類は知ることによっ て世界をのしてきたからなんです。どこへ行けば何があるか。 何をすればどうなるか。こうすれば何ができるか。そういう ことをずっと知り続けて、人類は、地球上どこにでも住める ようになったんです。それが、人類の大成功の元なんです。

 文明の話に戻ると、人類は大成功した生物である。なぜなら、 もうほとんど人口が飽和しつつある。そういう大成功の一つ の基礎になっているのが科学です。知るということ。人類は「知 りたがりや」の動物である、と私は思っています。

●科学の特徴について

 その科学の特徴ですが、最近科学研究については、もう問 題がいっぱい出てきていますね。科学で重要なのは、客観性・ 再現性・論理性の3つです。客観性というのは、同じ対象・ 現象・論証を第三者が確認できなければいけないということ です。再現性というのは、同じ条件で観測・実験・論証を繰 り返すことにより、検証(または反証)が可能でなければい けないということです。そして、論理性というのは、推論が 論理的であることです。論理・数値・数式による明確な記述 が可能である。世界が論理でつながっていなければならない。

 気の毒だけど、小保方さんは私から見れば完全に失格です。 つまり、そもそもSTAP細胞の再現性を要求されているん だから、論文にウソがあっちゃいけないんです。自分で切り 張りした写真をのっけておいて、人に再現しろといったって 無理です。実は、今小保方さんだけを責められない。ああい うことは、生命科学の分野では横行しています。だから、あ の問題がぐずぐずしている。なぜあれがぐずぐずしているの か。僕らみたいな物理学者・天文学者なら、あんなのは一刀 両断ですよ。これは論文としてダメ。だって、ウソを書いちゃ いけない。科学は真実を出してそれを他の人が検証するんで す。それによって正しいかどうかがはっきりしていく。これ が科学のやり方です。ただし、間違ったことを書いちゃいけ ないということはない。間違ってもいいけど、ウソがあっちゃいけないというのと、それから、他の人が検証できなきゃダ メですねと、それははっきりしているわけです。

 理研を責めるのも酷で、何も理研はそういうことに全部責 任を持っているわけじゃない。ただし、理研には非常に問題 があります。それから、『ネイチャー』を責めてもいけない。 論文は、読んで大体変なことを書いていなければ面白いこと は載せる。後で、それが検証できなければその論文はダメに なるので、これは本人の責任。科学は基本的に本人の責任、 それが一番です。

 そういう意味からいっても、客観性・再現性・論理性がな ければ科学というものは成り立たないんです。「確からしさ」 を積み上げて、一歩一歩進む。僕がやってきたことだって一 個のレンガを積んだに過ぎない。だけど、そのレンガがしっ かりしたものであれば、次の人はその上にレンガをつめるわ けです。それが科学です。そうやって今の科学は膨大な巨大 な高みに達している。だから、重要なレンガがウソだったら、 全部瓦解するわけです。まさに瓦解。そういうものです。で すから、科学の「確からしさ」の源泉はここにあるというこ とを、今日ちょっと言っておきたかったということです。

 もう一つだけ大事なことです。これは文明の未来に関して のことですが、科学というものは、未来についても一定の見 通しを与えうるんです。「一定の」ですよ。論理性と実際の観 測を積み上げて、先へのある程度の推論を下すことができま す。しかしながら、その推論は東日本大震災では見事に外れたじゃないかと。それはそうですが、あれは、私は非常に楽 観論的な誤りを日本の地震学者がしたと思います。しかし、 その背景にあるプレートテクトニクスであるとか、地震を起 こすメカニズムであるとか、そういうことは、全然崩れてい ないわけです。むしろそれをもっとしっかり調べることで、 より確からしいことがわかる。巨大地震が起きないというこ とを安易に言わないということ。私はむしろそっちのほうが 大事だと思うんです。日本でマグニチュード8以上は起きな いなんていうことを何で言えるのか、そんな根拠のないこと をなぜ言えたのか。むしろ、そこに地震学者の責任がある。

 こういうことは、原発も含めてそうですが、やはり科学の 責任は大きいと思います。科学をいかに社会が受け入れて、 いかに社会が有効にそれを社会のために使っていくかという 社会の仕組みが同時にないと、今の社会・今の文明は成り立 たないんです。科学者だけがいくら頑張ったってダメ。今の 原発は、日本が原発を輸入する初期に科学者が政治に排除さ れました。朝永さんとか湯川さんとかいう人たちは、そうい う場から排除された。だから僕は、それが不幸の始まりだと 思っています。

●人類は地球上の「第四次生物」である

▼「知の共有生物」としての人類
人類は、言葉と文字によって知を共有する生物
・人類は、空間と時間を越えて、知・情報を共有できる
・科学は、危機予測も含め世界の理解を深めてゆける
・人類の未来は、知を共有する能力を活かしてゆけるか どうかにかかっている?

 というわけで、最後に少し希望のある話をすると、人類は 地球上の「第四次生物」であるということ。地球上の生物の進化を見ると、第一次生物は原核生物(最 初の生物)。第二次生物は、真核生物(原 核細胞の共生生物)。第三次生物は多細胞 生物(細胞の分業生物)。人類(知の共有 生物)は第四次生物である。どういうこと かというと、真核生物は原核生物の集合。 多細胞生物は真核生物の集合。人類は何の 集合かというと、知の集合です。つまり、 我々が得た知識というものを、文字・言葉 として残し伝えることができる。こんなこ とは、他の生物が今までやったことがない でしょ。アルキメデスが何をしたかを、僕 らは知っている。アインシュタインが何か を大発見するとニュースが世界中を駆け巡 るわけでしょ。それが人類というものです。

 だから、さっき言いました、科学とは知ることである。ま さにその知を全体として共有することをどれぐらい賢くやっ ていけるのかということです。危機予測も、ある程度できる。 従って、我々が持っている文明の危惧というものに対して、 何がそれに対抗できるのか。元々人類がそういう危機を招い たという面もあるわけですが、逆に言うとだからこそ、そう いう知を共有する能力を活かさないと、人類の未来はない。 そういうことになるわけです。これが私の言いたかったこと です。ちょうど時間にもなりました。すいません、最後はちょっとはしょりました。以上で私の話を終わります(拍手)。

司会 海部先生ありがとうございました。質疑応答の時間 にしたいと思います。

参加者の質問にこたえて

野辺山天文台は送信はできるか

 野辺山天文台は送信はできるんですか。

海部 できません。電波を送信すると観測の邪魔になる。 送信ってものすごく電波が強いんです。だから、できるだけ 人工電波はよろしくないということです。

UFOはあるのか

 UFOについてはどう思いますか。

海部 UFOというのは、Unidentified Flying Object とい うんで、未確認飛行物体という日本語がそのまま当てはまる ものですから、そういうものはたくさんあるでしょうね。つ まり、あれ何だろうなという、それがUFO。天文台には、 UFOを見たという情報がしょっちゅうきます。ほとんどは、 金星、それから気球とかのバルーンです。そういうものが大 部分です。それからよくあるのは、車のヘッドライトです。車のヘッドライトが薄雲に当たって、2つとか3つとか4つ とか、楕円形の光がひゅひゅーひゅひゅーっと動くんです。 すると、わーUFOだという。大体、そういうのが多いです。

 逆に、宇宙人の乗り物であるという説がありますが、それ については確証は一切ありません。

 確証がないというのは、まだ、……。

海部 確証がないというのは、僕らは科学者だから。科学 者というのは、自分の見たことしか信じないというんじゃな いんです。論文に書かれていて、これはかなり確かだねとい うこと、それを他の人が確かめてみて、再現性がある、これ は間違いないと。これが科学のやり方ですから。UFOにつ いての調査結果はたくさんあるんですが、それを見た結果と して、間違いなくこれが宇宙人の乗り物であるということが 証明されている例は一つもないと言ってよろしいです。

 そういうふうに思っている。

海部 ショックですか?

 いえ、ショックでも何でもなくて。

海部 よく言われるんです、科学者はUFOを信じないか らなと。科学者というのはそうじゃない。しっかりした証拠 のあるものだったら、喜んで信じるし、喜んで研究はするん です。それがないんです。

 科学にも限界がありますよね。意識とか見えない世界 については。

海部 UFOが意識で飛んでいるかどうかは私は知りません。それから、神様についても信じている人は大勢いるけれど、 世界にいっぱい神様がいらっしゃるでしょ。どれが正しいの かもわからない。だからそれは、科学の範ちゅうではないん です。しっかりした証拠が出てくれば、科学というのは必ず それに対してとっついていきます。

宇宙の大きさは

 10のマイナス 36 乗秒後にビッグ・バンが起こったとの ことですが、どれぐらいの大きさの宇宙だったんですか。

海部 大きさはわからないんです。現在、宇宙の大きさに ついては何の情報もありません。さっき言いましたように、 こっちを見てもこっちを見ても同じなんです。ということは、 宇宙の大きさについての情報は、今のところないということ です。

 光速よりも大きくは膨張しないわけですよね。

海部 それはちょっと微妙で、我々から見るとそうですが、 全体として見ると光速はいくらでも越えてよろしいわけです。 だって、お互いインタラクション、相互作用がなければ、構 わないわけです。ですから、もともと離れているところが、 お互いどんな速度で行こうが、これは関係ないんです。同じ 相互作用で結ばれている範囲は光速以上では決して移動する ことはできませんけれども、そうでない、宇宙というのは、 現在考えられているところでは、非常に大きなもので、その一部を僕らが観測しているに過ぎないと思うのが、適当です。 ですから、大きさはどうなんですかとか、形はどうなんです かとよく聞かれるんだけど、全くそれは情報がないんだから、 科学としてはまだ答えようがないです。

他の惑星に住むことはできるか

 これから、人類が適応の結果として、地球以外の惑星 に住むということはあるんですか。

海部 太陽系でという意味なら、あり得ると思うんです。 例えば火星。ただ、それをどういう目的でやるかによります。 地球は人口が飽和しちゃうからという話がありましたけど、 僕はそれはあまり適切な考え方じゃないと思います。むしろ 我々の地球の生物や人類は地球に合わせて進化してきたもの ですから、やはり地球に一番住みやすくできているんです。 だからよく言う地球に優しくとかいう言い方は私は嫌いで、 そりゃ違うよ逆でしょって。

 ですから、火星に行って地球 と同じ快適な暮らしをすると いうことはまずできないし、そ れから、地球の人口が増えると したら、火星でだってすぐ増え ちゃうんだから、同じことなん です。ですから、人口問題の、あるいは食糧問題の解決法として他の惑星に移住するという のは、少なくとも当分の間はあまり意味がない。むしろ、探 査とか資源とか、あるいは新しいサイエンスをそこでやると か、そういう面ではあり得る。だから、まだまだ当分の間は 探検的要素が中心になると思います。普通の人が移住して良 い暮らしができるというのは、どうなんだろうね。そういう 時代が来ないとは必ずしも思いません、火星ぐらいなら。

なぜ人間は共通利益のために共同できないか

 科学の世界では知の共有が国境を超えて活発にできる のに、明らかに共同したほうが利益は大きいにもかかわらず、 共同ができないのは先生はなぜだと思いますか。

海部 共同というのは例えば。

 例えば、戦争はしないほうがするより明らかに良いと 思うんです。哲学的なことかもしれないですが、人間が共通 の利益に向かって戦争をやめたり、地球温暖化のCO2 の排出 の削減を守ったりとか、そういうことがなぜできないのか。

海部 難しいですね。それは人間が生物だからというしか ないところがあります。O・ウィルソンという人が書いた本 をちょっと紹介しますが、彼は真社会性生物であるアリの研 究家で、それから社会性の動物である人類というものを研究 している。なかなか面白いです。示唆に富んでいます。

▼『人類はどこから来て、どこへ行くのか』 ドワード・O ・ウィルソン著、斎藤隆央訳(化学同人)
・人間は、集落を形成し維持することで発展し、その中で のダーウィン進化と知恵で社会性を作りあげた動物である。
・社会性の進化は非常に早く進んだため、周囲の生態系と 共進化することができず、生態系の危機を招いている。
・社会性が進化する中でグループ本能が強く育ったため、 人間は非常に同族意識が強い動物になった。
・こうした同族意識は、特に組織宗教において強烈である。

 彼が言うのは、人間というのは哺乳類である、しかも社会性である。そういう中で何が生まれるかというと、結局部族 主義・民族主義がどうしてもある種の進化の結果として定着 してしまうという。特に彼が言っているのは宗教で、宗教も 言われてみると、もとはみんな部族宗教ですね。自分たちが 救われる、自分の民が救われる、この神様を信ずる者は救わ れる。他の者は救われないわけです。それは非常に強烈なナ ショナリズムとか民族主義を引き起こしてしまう。今の世界 で起こっていることはまさにそれでしょ。結局、宗教と民族 主義が一緒になって、対立をどんど ん激化させて、言われるような戦争 のかなりの部分はそれですよね。そ んなことがなぜ起きるのかという、 ウィルソンさんはそのへんのところ をなかなか上手に説いています。た だ説いていても、それは、解決法で はない。理由の説明に過ぎない。問 題は人類が、そういう社会性動物と しての本能的な部分を乗り越えてい けるかということですが、私は、例 えば宗教というものにも進化がある と思っている。僕は決して宗教を馬 鹿にしておりません。特に仏教には 大いに関心を持っているんです。け れども、信じる信じないというとまた話は別です。人間の活動としてみると、宗教は、現在でも 非常に重要な要素を持っている。例えば仏教、例えばキリス ト教は、長い歴史の中で、ナショナリズム的、部族的な部分 を段々薄めていって、汎人類的なものになってきた部分があ るんじゃないかと思うんです。ただそうは言っても、例えば アメリカのカトリシズムなんかには、まだ排外的な部分が多 いです。僕は仏教にはそういう部分が少ないと思っていたら、 仏教にも原理主義というのが出てきたじゃないですか。だか ら難しいなと思いますが、でも私は、宗教というものが本当 の意味で部族主義的な要素を捨て去れば、この神を信じない 者は救われないという部分を捨て去ることができれば、一つ 新しいものが開けるかなと思います。

固体物理の対象は

 宇宙でも例えば白色矮星なら固体物理の対象としても 捉えられますけど、今後宇宙の話題で何かボース=アインシュ タイン凝縮とかが固体物理の対象として出てくるということ はお考えでしょうか。

海部 固体物理というと非常に広いので、今言われたよう なボース=アインシュタイン凝縮とかそういう部分は、例え ば惑星の内部構造には応用されているわけです。惑星の内部 がどうしてあんなにわかるかといったら、それは固体物理が なきゃ。しかも固体物理自体も、まだ不十分なんです。り、物性的な定数が実験で計られて いないものがいっぱいありまして、 そういう定数がわかっていくと、物 質がどれぐらいの圧力、そういう組 成であれば何が起きるかがもっと推 定できますが、そういう部分が少な いために、まだ惑星の内部構造でわ からない部分が実際はたくさんあり ます。例えば、水だってそうです。 惑星の中には水が膨大にあることは わかっていますが、それが圧縮され ていった時に内部でどうなっている のか。超高圧実験とか、なかなか難 しいものもありますが、そういう面 での固体物理学の面白さはまだある と思う。

 もう一つは、ダストです。これも 地球上では難しいんですが、惑星間 空間や恒星間空間にただよう非常に 微細な固体微粒子というものについ て、現在若干実験も進んでいます。例えばダストの上で分子 がどうやってできるかを、最近実験で少しやられるようになっ ています。これも非常に難しいために取扱いができなかった んですが、最近ではそれがずいぶん取り入れられてきて、宇宙の中の色んな有機分子がどうやって生まれるかという研究 の中には、そういうダストの要素がものすごく入ってきてい ます。私の知っている範囲で言うと、例えばそういうものです。

宇宙膨張を加速させる斥力とは

 干渉性というのが良くわかっていなくて、ダーク・エ ネルギーが、宇宙膨張を加速しているという。前テレビで見 た時はこれは斥力(せきりょく)だということを聞いたんです。 我々の間ではまだ重力が働いているわけですよね。宇宙では どことどこの間に働いている斥力なんですか。

海部 物質同士に働く斥力じゃないんです。空間に働く斥 力なんです。かなり本質的に違うものだと思ってください。 ここで言っているダーク・エネルギーの本体候補として挙げ られているのは、いわゆる空間のゼロ点エネルギーというも ので、空間自体が持っているエネルギーです。それがなぜ超 対称性と結びつくかというと、超対称性があると、こっちの 部分と反対側の部分とが打ち消しあって、空間のエネルギー を非常にゼロに近くすることができるんです。超対称性粒子 がなくて粒子だけだと、空間のゼロ点エネルギーをゼロに近 くするのが非常に難しい。だけど、今実際観測されているダー ク・エネルギーというのは、非常に小さい。だから、超対称 性が必要だということの大きな理由にもなっている。

 そうすると、ダーク・マターのような高エネルギーのものが検出できない。高エネルギーのまま存在するのは超対 称性だから。

海部 ダーク・マターを検出しようと思うと、非常な工夫 をしないといけないんです。それを検出しようという研究計 画がたくさんありますけれど、じかにいきなり物質をぶっ壊 してダーク・マターを取り出そうと思うと、加速器としては まだ全然足りない。だから、それに代わる色んな実験が今 100ぐらい世界中でやられていると思います。私は、その うちその中のどれかが成功するかなと。逆に言うと、ダーク・ マターの候補として、超対称性粒子の中のいくつかが挙げら れている。ですからいずれ、そういうものの存在が推定され るような実験が行われることを期待しているわけです。

基礎研究に予算がつきにくいことについて

 基礎研究にお金を使いたがらない。それは何の役に立 つの? お金になるの? と言われて予算が通らなかったり。 そういったことに、科学者としてはもどかしいと思うんです。 先生は天文学をリードされてきた中で、そういう場面が結構 あったと思いますが、どう考えていらっしゃるんですか。

海部 それは常に難しい課題ですが、これは日本だけの問 題じゃないんです。昔、マイケル・ファラデーという実験家 は、モーターとか起電機を発明して、電気の研究の基礎を築 いた人ですが、その当時は電気というものを全くよくわかっ ていなかったわけです。今は我々は電気がなければ1時間だっ て暮らせない。だけど、その当時は全くそういうのはわかっ ていなくて、ある貴族が彼の実験室にやってきて彼の実験を 見て、「ところで、電気の研究はなんの役に立つのかね」と 同じ質問をしたわけです。そうしたら、ファラデーは「今は 何の役にも立ちません。しかし、100年経ったらあなたは これで税金が取れますよ」と言った。なかなか上手ですね。 100年どころか、その後 50 年でもう税金が山のごとく生み 出されているわけです。

 電気の例は非常に極端な例の一つかもしれませんけれども、 さっき言いましたように、科学とは知ることである。私は、 これは科学者としてしっかり持っていないといけないと思う んです。それを、役に立たないじゃないかとか、金が儲から ないとか言われてグラグラするようじゃ、科学者とはいえな い。科学とは、知ること。知ることの中からいずれ人類がこ の文明を発展させる上で色んなものが生まれてくるんです。 それは、もしかしたら哲学かもしれない。別にそんなに金儲 けにつながらないかもしれない。

 例えば、ニュートンの力学。これって、今金儲けの役に立っ ているかどうか知らないが、あれがなきゃ我々は一日も暮ら せないのは事実でしょ。例えば自動車や建物の設計だって、 力学がなければ絶対できないわけです。ですから、科学とい うものは我々の世界の理解を深めるものだということです。 そのことを、常に常に言わなければならない。社会に対して、いつもいつも言わなければならない。この前言ったじゃない か、それはダメなの。いつもいつも言っていないと。どうし て儲からないことをやるのかという揺り戻しは、常にあると 思っていないといけないですね。

 それはアメリカでもありますし、ヨーロッパでもある。日 本ほどではありませんけどね。そういう傾向は、開発途上国 ほど強いのです。科学というものは、儲かるためだ、金のた めだ、生活のためだという傾向がとても強いから、そういう ところで基礎科学が育つのは難しい。

 僕は、日本は厳しいけどなかなかよくやってきたと思うし、 それなりに天文学にも何とか予算はつけてもらっております。 それはなぜかというと、僕が思うに面白さです。それに尽きる。 天文学の場合は金儲けにはならないのはわかっているんだか ら、面白さしかない。こういう面白いことがこういうことか ら生まれてきたんだという、自然を知って面白がってもらう ということです。

宇宙の定義は

 宇宙の定義がよくわからないんですけど、お話だと宇 宙の始まりからずっとこういう歴史があったということなん ですけれど、宇宙の外というのがあり得るのかとか、宇宙の 始まりより前というのがあり得るのかとか。

海部 それは、良い質問なんです。つまり、宇宙とはなんぞやという。これは恐らく人によって定義が違うというか、 実は天文学者でもあまりちゃんと考えていないところがある んです。非常にうかつに「宇宙の始まり」とか言う。あなた、 「宇宙の始まり」なんて言っていいの、じゃあその前はどうなっ ているの、と僕は聞きたいわけね。

 だって、宇宙というのはそもそも何かというと、森羅万象 全てを宇宙というんです。それが、基本的な概念です。「宇宙」 という言葉はどこから来たかというと、中国に2000年前 の『淮南子(えなんじ)』という本があって、そこに非常に見 事に書いてあります。「往古来今(おうこらいこん)これを宙 (ちゅう)といい」。「往古来今」とは、来し方行く末。これを 「宙」という。つまり、時間のことです。「四方上下これを宇(う) という」。「四方上下」とは空間のことです。これが「宇」で ある。だから、「宇宙」というのは、空間と時間の全てという 意味なんです。非常に見事な定義だと僕は思っています。で すから、「宇宙の始まり」という言葉を僕は決して使いません。 「膨張宇宙の始まり」、あるいは「宇宙膨張の始まり」という 言葉は使う。私たちが見ている部分に限定して使っているの です。

 そういう意味で言うと、「宇宙の外」という言い方もできな いでしょ。外っていうが、その「外」は宇宙じゃないのかって。 やっぱり宇宙。僕らは、何でも新しいものを見つけたら、み んな宇宙に入れてきたわけでしょ。星がたくさんあった。宇宙。 銀河があった。これも宇宙。ダーク・マターがあった。それも宇宙。みんな宇宙に入れて、宇宙の概念を作ってきている わけです。だから、宇宙というのは、基本的には、我々が認 識できるもの全てである。これが基本です。

 ただ、最近言われるマルチバースというのは、またそれに ちょっとした変更を加えた。マルチバースというのは、宇宙 がたくさんあるという。僕はだから、宇宙がたくさんあると いう言い方はよろしくないと、ここでまた同じことを言う。「膨 張宇宙」がたくさんあるという言い方は正しい。宇宙がたく さんあるという言い方は果たして良いんですか、ということ です。というふうに僕は思っている。

宇宙の存在の前提は

  哲学的な話かもしれないですが、何かがあるなしで対 称性が保たれているとすれば、宇宙があること自体、対称性 が崩れているじゃないですか。宇宙の始まりを物理法則で説 明していますが、宇宙ができているというのがどういう前提 に立っているのか、先生はどういう意見をお持ちですか。

海部 科学と哲学は、常にある種の緊張感を持つわけです。 昔は哲学が全てだったんです。哲学から科学が生まれてきた。 だけど、今は科学と哲学でいうと、科学が圧倒的に勝っちゃっ て、哲学は端っこにいるんだよね。現代の哲学はどっちかと いうと、人生哲学が中心になっていると僕は思います。

 それで、今の話はなかなか面白いんですが、どういう前提っておっしゃったでしょ。前提というのは、じゃあ何ですかと いう話なんです。身も蓋もない話をすれば、我々はこの世界 に生まれたわけです。生まれた者としてこの世界を研究して いるわけです。この世界を研究していたら、何だか膨張して いる、あ、昔は熱かったんだ、ということが段々わかってき たので、そこには前提というのは実は存在しない。科学には そういう意味での前提はないです。それに何か前提をつけよ うと思うと、宗教か哲学かになるんです。宗教というのは、 信ずる者は救われるの世界だから、それはそれ。科学として は事実を知っていくという立場なので、どうしても自分たち の周りから順番に知っていくんです。だから、その先に何が あるかはわからない。それは嫌だっていう人がいるかもしれ ないけれど、でも、それが科学。実はそうやってちょっとず つ知っていった科学のほうが、昔の宗教よりもはるかに多く のことを知っているわけです。と思わない? 昔の宗教で言っ た世界像というのは、色んな絵がいっぱい書かれているけれ ど、それはもうこっぱみじんになっているわけです。

 一挙に全てを理解したいという、そういう立場もありましょ うが、科学はそういう立場には立たない。一つ一つ明らかに していく、それをどこまでも追求していく、と、そういうこ とです。何だつまらない、かもしれないが、科学ってすごい というのは、そこです。

なぜ地球上にない星間分子もあるのか

 なぜ地球上にない星間分子もあるんですか。

海部 星間分子の中には、もちろん地球にあるものもたく さんあります。炭酸ガス、一酸化炭素、HCN、H2O、など。ただ、 地球にないものもたくさんあるという話をさっきした。それ を僕らは見つけてびっくりしたんですが、それはなぜかとい うと、地球が密度が高くて温度が高いからです。宇宙は、希 薄で温度が低い。だから、地球上では起きないような反応が いくらでも起きている。例えば地球上の空気の中では、あっ という間に色んな反応が平衡状態にまでだーっと進んでしま うんです。原子や分子同士の衝突がしょっちゅう起きている から。温度も高いし。ところが、宇宙空間は密度が低いから、 滅多に衝突が起きない。滅多に衝突が起きないということは、 つまり反応が起きないということです。衝突が起きないと反 応が起きませんから。それから、温度が低い。だから、起き る反応が限られている。だから、地上にはないようなものが いっぱいできちゃうんです。

 そういうことがわかってきたのは、実は電波天文からで、 地上では、そういう条件を実験室で何とか再現して、一瞬で も良いから星間分子を作ろうという実験がやられて、それは 化学反応を考える上で非常に大きな役割を果たしているんで す。反応中間体という。反応というのはいっぺんには進まない。 ある化合物にちょっといって、それからぱっと次のにいって、 最後に安定なところに行く。これが化学反応です。そういう途中のプロセスが、実は宇宙で起こっているのと同じだとい うこともわかってきた。非常にそれは面白いことでした。

宇宙と生命の歴史を比較して見えるもの

 宇宙の歴史は138億年、生命の歴史は4 0億年。宇宙 の歴史と生命の歴史を比較した時に、何か見えてくるものは あるんですか。

海部 生物というのは、あくまでもそれが存在している惑 星に完全に縛られているんです。だから、例えば地球の海が 早く干上がったとすると、生物が存在していたかどうかは怪 しいです。実際問題、今から1 0億年経つと、地球の海はなく なります。理由は2つあって、これは間違いなくそうなの。 1つは太陽が明るくなる。太陽が段々膨張しまして明るくな るから、地球表面は干上がります。第2に、地球の海は今、 少なくなりつつある。地球の海は、ほんのちょっとずつです が、地殻の中に吸い込まれつつあるからです。それも1 0億年 ぐらいで大体なくなるんじゃないかと言われていて、その2 つの理由から、地球は1 0億年経つと、海がなくなる。海がな くなると、生物の住める惑星ではなくなるという可能性は非 常に高いです。こういうことを高校生なんかに話すと、みん なえーって言って悲しむんだけど、でも、事実なんですね。


司会 それでは本日の公開企画を終了したいと思います。 ありがとうございました(拍手)。

参加者の感想より

●考えが変わった
宇宙の歴史から人類 の誕生まで広い幅で学 んでいく事で、人類や 自分についての考え方 やとらえ方が変わって いく事を感じた。今後、 科学をより広い視点で 学んでみたい。(理T 1年)

●科学的な見方が参 考になった
科学的な見方。(見 つかるにしろ見つから ないにしろ意味のある 実験をする)(理T1 年)

●とても関心がもて わかりやすかった 
天文学について全く の無知だったけれど、 とても関心がもててわ かりやすかったです。 知識がないため、家に 帰ってもっと自分で探 究を進めて知識もつけ ようと思います。

●宇宙と文明の結び つきがよくわかった
宇宙と生物学、文明 の結びつきが、よくわ かりました。

●幅広い話が聞けた
天文学の話から哲学 的な話まで、幅広いお 話をいただけてよかっ た。

●文明について考え てみようと思った
文明は長く続くこと はないだろうと、漠然 と思っていましたが、 これを機に考えてみよ うと思います。(理U 1年)

●科学の発展で人類 が良い方向に向けば
天文学について学ぶ には、物理学や生物学 を始めとする多くの学 問の知識が必要なのだ と思いました。宇宙に 関してはまだわからな いことがたくさんあり ます。科学の発展が人 間を良い方向にむかせ てくれたらいいです。 難しいお話でしたが、 おもしろかったです。

●もっと勉強したい
楽しかった。もっと 勉強したい。(理T1 年)

●スケールの大きい 話を聞き新鮮だった
文明の寿命は長いか 短いかなど、スケール の非常に大きい話が聞 けて新鮮だった。科 学の体系は、積み上げ られた膨大なレンガ というのは、文系の研 究にもあてはまる言葉 だと思います。(文V 1年)

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